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【城旅の寄り道】坂の上の雲ミュージアムと秋山兄弟生誕地へ

執筆者:

中井さん

カテゴリ:

松山城のスタンプを押した旅の、観光編です。坂の上の雲さかのうえのくもミュージアムと秋山兄弟生誕地をめぐりました。山道を歩いて下った寄り道の記事とあわせて読んでもらえるとうれしいです。

今回のルート

訪問は2026年10月下旬の平日です。途中から雨が降ってきました。

  1. 坂の上の雲ミュージアムを見学する(1〜2時間)
  2. 萬翠荘に入り、2階の特別展も見る。愛媛県庁は外から眺める
  3. 秋山兄弟生誕地を見学する
  4. お土産を買ってホテルへ戻る

基本データ

訪問日2026年10月下旬の平日
坂の上の雲ミュージアムGoogleマップで開く
入館料一般500円(2026年10月訪問時)
所要時間1〜2時間(ゆっくり見た場合)
萬翠荘Googleマップで開く
入館料大人400円(2026年10月訪問時)
特別展別料金700円(2026年10月訪問時の国際交流展)
秋山兄弟生誕地Googleマップで開く
見学料大人400円(2026年10月訪問時)

坂の上の雲ミュージアム

小説『坂の上の雲』にちなんだミュージアムです。主人公は松山出身の秋山好古・真之の兄弟と、正岡子規。この三人の物語がもとになっています。建物は安藤忠雄さんの設計で、2007年の開館です。

ファンなら一度は訪れてほしい場所です。連載当時の新聞や、小説にまつわる資料など、当時の様子が伝わる展示がたくさんありました。すべて見終わるまで、1〜2時間は見ておいたほうがいいと思います。

展示を見ていて強く感じたのは、明治という時代に生きた人たちの力強さです。みんなが大きな夢に向かって突き進んでいたような印象があります。主人公たちがそうであったように、国民ひとりひとりが英雄だったのかもしれません。あの頃に頑張って日本を守ってくれた人たちがいたから、今の私たちがあります。感謝の気持ちでいっぱいになり、日本人としての誇りも改めて感じさせてくれる場所でした。

萬翠荘と愛媛県庁

ミュージアムのあとは、近くの萬翠荘に入りました。愛媛県庁は外から眺めただけです。

萬翠荘は、私のイメージでは「古い洋館」です。パンフレットによると、1922年(大正11年)に旧松山藩主の子孫・久松定謨伯爵の別邸として建てられ、国の重要文化財に指定されています。設計は木子七郎です。

入館料は大人400円です。この日は2階で特別展(国際交流展)が開かれていて、こちらは別料金の700円が必要でした。私は両方を払って入りました。パンフレットには、階段のステンドグラスや、広間の水晶のシャンデリア、各部屋の大理石の暖炉などが紹介されています。

玄関から入ると、2階へ向かう大きな階段が迎えてくれます。ドーンとそびえ立つ迫力のある階段で、古い洋館によくある造りです。

正直なところ、私はこういう洋館があまり興味がなく、「ふーん」という感じでした。ただ、洋館が好きな人にはいい場所だと思います。こういった雰囲気が好きな方は、ぜひ見に行ってみてください。

愛媛県庁本館は、今回は外から眺めただけでした。パンフレットによると、萬翠荘と同じ木子七郎が設計した建物です。

秋山兄弟生誕地

ミュージアムのあと、最後に秋山兄弟生誕地へ向かいました。道には「秋山通り」の看板が出ていて、迷わず行けます。途中から雨が降ってきましたが、ひととおり見学しました。入場券売り場で入場券を買って入ります。館内は撮影できました。

敷地の入口には、好古の騎馬像と、弟・真之の胸像があります。

説明板によると、ここの生家は復元されたものです。もとの家は昭和20年に米軍の爆撃で焼失し、平成16年に復元されました。父は松山藩士で、薬屋根の数室の下級武士の家だったそうです。そんな質素な家から、日露戦争で活躍した兄弟が育ったと書かれていました。

館内には、兄弟に関する資料や写真が展示されています。好古が晩年に北豫中学校(北予中学校)の校長を務めた約2000日についての展示もありました。ここで、日露戦争のあと、故郷に戻って学校の校長になったことを知りました。

お土産はタオル

生誕地では、赤と緑のタオルを買いました。タオルに入っているのは、兄弟の言葉だそうです。好古の「天地無私」と、真之の「熟慮断行」です。

ミュージアムで買ったタオルと、先日の今治で買ったタオルを合わせると、タオルがたくさん集まる旅になりました。

(ちょっと脱線)校長先生の訓示

生誕地の展示で、好古が校長として話した訓示の文章を読みました。卒業式などで生徒に向けて話した言葉が、今も残っています。一言一言が重く、こんな訓示なら聞いてみたいと思いました。

あくまで私の意見ですが、今は校長先生の話をここまで真面目に聞いている人は少ないのではないでしょうか。私も学生のころ、校長先生の話をしっかり聞いていた記憶はあまりありません。もし好古が校長の学校にいたら、背筋を伸ばして聞いていたかもしれません。

まとめ

松山は、松山城だけでなく、秋山兄弟、正岡子規、『坂の上の雲』と、見どころの多い町でした。夏目漱石も松山で教師を務めています。明治の人物にゆかりのある場所が、町のあちこちにありました。観光の準備が行き届いていて、とても素晴らしい町だと思いました。

最後に、見学させていただいた坂の上の雲ミュージアム、萬翠荘、秋山兄弟生誕地の運営のみなさま、ありがとうございました。